もう一人の八田與一/鳥居信平の作ったダム見学に行ってきた。(屏東)

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こんにちは。現在南部に滞在しているまる子です。

今回は、台湾に貢献しとても有名な八田與一の3年先輩だった鳥居信平が作ったダムとその周辺へ行って参りました。台湾の最も南の屏東県にあり、私が最も好きな県です。

鳥居信平とは

1883年山梨県出身。東京帝大の農業土木科卒業後、1914年に台湾製糖会社へ転職。現在の屏東縣林邊溪周辺が、洪水と台風による被害が大きいことを解決するため、地下ダムを建設。現在でも、そのダムは使用されている。また周辺の部落は、原住民族であるパイワン族が多く住む地域で、生態系や狩場を壊さないよう設計されていたそう。

年表と見学用の入り口  

雄大な自然を目の前に、ダムに関する年表があります。1921年に鳥居信平先生がダムの名前である二峰圳(er feng zhen)設計し、建設が始まったと冒頭に書いてある。日本統治が終わった後も、幾度も補修工事が行われ、現在も使用されています。

その横に、小さなお家のようなものがあります。それが、地下ダムを見学するための入り口。穴が横や上にも空いていて、中の様子が覗ける。入り口には鍵がかかっていたため、中には入れなかったが穴から様子を見ることが出来ます。

中はこのようになっていて、上に穴があるため明るく、見やすい構造になっていた。

上の年表や入り口の目の前は、このような広大な大自然が広がっています。日本ではあまり見かけない景色で、きっと開拓が進んでいなかった当時は、どんな景色が広がっていたのかを想像するとワクワクしました!

【アクセスはこちら】

喜樂發發森林公園

二峰圳の近くに、喜樂發發森林公園という公園があります。この公園内の入り口入ってすぐ右手に、鳥居信平の銅像があります。

喜樂發發森林公園は、パイワン族の文化を感じることのできるとっても素敵な公園です。「喜樂發發」は、パイワン族の言葉で「団結と協力をして、努力し続ける」という意味らしいです。

公園は、そこまで大きくないですが多くの、パイワン族らしい素敵な色合いのものが多くあり、とっても素敵でした。

また、昔の家を再現したものもありました。石板屋文化がパイワン族にはあり、一枚一枚先人たちが遠くから運んできたそうです。こちらの再現された家は、中にも入ることが出来ます。

家の木の部分には、独特の木彫りがされていて、魅力的です。

來義の街並み

街の至る所に、民族的な絵が模様になっているものが多くありました。

来義の小学校 パイワン族の言葉だと思われるローマ字でたくさん文字が書かれていました!

この地区には、台湾でも最も多くパイワン族の方が住まわれている部落の1つだそうです。街で見かけた方も原住民の方々が多く、とても異国情緒というのか、日本では味わうことの出来ない雰囲気をビシビシ感じることができ、とても良い経験でした。

次回は、台湾最古のキリスト教教会が屏東にあり、そこへ行ってきたことをレポート致します。その記事はこちら

原住民の方が比較的多く、キリスト教を信じているということを今回知り、とっても不思議に思いました。その辺りについても、調べながらレポート致します!

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