ナマシャ旅行記⑹謎の宗教が暮らす錫安山に潜入高雄の一夜にして消滅した「小林村」名前の由来は日本人?

どうもこんにちは。ナマシャにお友達を訪ねたら最高な旅が出来ました。

錫安山って?

ここは元々、草木も生えない荒涼とした山嶺でした。後に、新約教会の敬虔な信者たちによって開墾が行われ、桃源郷のような場所となっています。辺鄙な場所に位置しますが、非常によく整備されており、駐車場や軽食販売部、歩道、湖、新約教会の活動スポットなど何でも揃っています。山中に位置するため、真夏の暑い時期には避暑に適しています。また、毎年旧暦のお正月前後には梅が開花し、錫安山はもっとも美しい季節を迎えます。 引用元:Kaoxiong Travel

よくわからなかったのですが、中々インパクトのある場所でした。

そして抗争?についての展示

たくさんの信者の方が、暮らしている場所は一般開放もされていました。パワーが凄過ぎて圧倒されました。

88台風で消えた小林村って?

小林村は、ナマシャの南部に位置します。この地域は平埔族(平地に住む原住民の総称)が多く暮らす地域です。ナマシャにも劣らず大自然!

この村は、八八水災という台風によって起きた災害によって大きな被害が起きてしまいました。2009年8月に起きた災害。小林村に土石流が押し寄せたのは2009年8月9日18時、この日は「父の日」に当たる週末で多くの家族が実家で父の日を祝うために帰省していたそう。そのような日に台風により発生した土石流で一夜にして462人の方々が生き埋めになり、難を逃れた方は50名程度しかいらっしゃらなかったそう。

小林村記念公園へ

そんな甚大な被害にあった小林村があった場所は、現在「小林村記念公園」になっています。

このモニュメントは獻肚山という土石流で流されてしまった山の石を使ったものだそう。

住民の方々のお名前が展示されています。

この山と山の間に土色になっている部分は、以前山があったそう。土石流となり流れてしまいました。

小林村の由来は?日本人ぽい??

小林村のかつての暮らしや、平埔族の文化についての展示を行なっている小林平埔族群文物館

こちらにいらっしゃった地元出身の方に、「なぜ小林という名前なんですか?」とお伺いしたところ2つの説が先祖から伝えられていると教えてくださいました。

説⑴:この辺りは林が多く、地域から小林という名前を当時文字を持たなかった先祖たちが新たな外の人たちと交流した時に付けてもらった。

説⑵:日本統治時代にこの地域に警察官として勤務していた日本人の「小林さん」という方がいて、その方がとても親切で尊敬を集めていた。その小林さんの名前を尊敬の意を示すために村の名前にした。

その方曰く、どちらが真相かは不明だそう。先祖は当時文字がなかった為、言い伝えでの記録しかない。その為現在では証明することができないんだとおっしゃっていました。

ディーーーーーーーーーーーーーーーーーープ

ナマシャ旅行記のスピンオフでした。天災は本当に恐ろしいですね。生きてることや、日本に生まれ恵まれた環境で育ったこと本当に感謝だし幸運すぎます。何か他の人たちに還元できる人間になりたいものです。ディープ過ぎるこの記事をここまで読んでくれた人はいるんだろうか?と疑問も残りますが、いつも本当にありがとうございます!

次回予告

これにてナマシャ旅行記は集結ですが、10月にまたナマシャ訪問が確定しました!またすぐレポートします!!

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